魔除けから装飾品としてのピアスへ
ピアスは、もともと貫通すると言う意味を持っています。ピアスの歴史は非常に古く、インド、エジプトといった古代インダスやエジプト文明まで遡ることになります。
ピアスは着飾るため特に女の子のアクセサリーという印象が強いですが、ルーツは邪悪なものから身を守るため「魔除け」だったようです。
古代の原始信仰では、人間が病気などをするのは悪魔の仕業であると信じられていて、人の体に開いている穴は、外界から魔物が入ってくる場所と考えられてきました。
そのため、耳に光り輝くものをつけて、暗闇に棲む魔物を遠ざけようとしたのです。そういった部分を保護するために、鼻や耳など穴の開いた部分を保護するためにピアスが用いられていました。
現代でも国や文化によっては、子供、特に女の子が生まれると、生後間もないうちにピアスを装着させる習慣があります。
子供はことにまだ弱いですから、ピアスをつけて魔物が入ってこないようにするという意味をこめて現代にも受け継がれているのでしょう。
当時は、金属を作る技術が高度になってきて、輪になっている金属製の耳飾りが流行しました。
また古代インドなどでは当時リング状になった耳の装飾品が一般的でした。そういったリング状の飾りを耳たぶに空けた穴につけたのが、今のピアスの原型と言われています。また他にもその装飾品で部族を見分けるといった使い方もされていたようです。
古代ローマでは、マントやケープを身体にはおる時に留めるために男性の乳首のピアス装飾が行われるなど、装飾以外の実用的な目的にも利用されていました。
日本では縄文時代にはピアスの風習があり、この頃にはすでに伝わっていたということになります。
ファッションとしてのピアス
魔除けのアイテムとして広まったピアスですが、次第にピアスの風習は廃れていきます。
日本でも若者を中心に次第につける人が増えつつありますが、ほんの20年ほど前までは社会的な反感がまだ残っている状況でした。
それはキリスト教、仏教などの巨大宗教の影響で、その教理に反していたからなのでしょう。第二次大戦以降、交通機関の発達で世界各地に容易に旅行できる時代になり、途上国の情報量が増していく中で欧米諸国の間で「ファッション」としてピアスは蘇ったのです。そしてその欧米諸国を手本として発展を遂げたアジア先進国の間にもカルチャーは広がりつつあります。