日本画の猫ってどんなもの?
キュートな見た目と気まぐれな性格が、人の心を惹きつけて離さない猫。
古くは江戸時代から庶民の身近な存在であった猫の姿は、多くの日本画で描かれています。
それはまるで、可愛い猫の姿を写真に収めようとする、現代の猫好きの行動にも共通するかのよう。
猫を描いた日本画は海外の評価も高く、展覧会を開けば大勢の人が詰めかけるほどの人気ぶりです。
中でも、猫好きの間で高い人気を誇るのが、色鮮やかでユーモアに溢れた世界を描き出した、浮世絵師たちの作品。
天才浮世絵師として知られる歌川国芳は、可愛いだけでなく、化け猫に姿に変えた猫や、まるで人間のようにふるまう擬人化された猫を数多く描いています。
国芳の弟子となる絵師たちにもその情熱と作風は受け継がれており、各絵師の描く猫を見比べるのもまた、猫好きの楽しみのひとつ。
知れば知るほど興味が尽きない、日本画の猫の世界。各絵師の特徴と代表作について、早速ご紹介していきます。
歌川国芳の猫
作風はどれも、奇想天外かつ豪快。火事と喧嘩が大好きな江戸っ子気質であったと言われる歌川国芳は、猫をこよなく愛した浮世絵師としても知られています。
国芳の猫愛を色濃く表現しているのが、自画像と思われる浮世絵の一作。
何匹もの猫に囲まれる男性の上着には、背中一面に地獄絵図が描かれており、なんとも国芳らしい皮肉とユーモアに溢れています。
自宅には猫の仏壇があり、亡くなった猫の戒名が書かれた位牌が飾られていたというからすごいですよね。
そんな国芳の猫愛と鋭い観察眼を持って描かれる作品は、どれも猫好きにはたまらない魅力に溢れたものばかり。
中でも代表作としてされるのが、日本橋から京までの名所を描いた名画『東海道五十三次』を猫のだじゃれに置き換えた、その名も『猫飼好五十三疋』(みゃうかいこうごじうさんひき)です。
「日本橋」を「二本だし」にもじった絵には、2本のかつおぶしを引っ張り出している猫。
「袋井」では、頭が袋に入って抜けない猫あるあるともいえる姿を「袋入」として描くなど、その発想に思わず笑みがこぼれます。
また、天保の改革により、遊女や歌舞伎役者を浮世絵で描くことが禁じられた中で生まれたのが、擬人化した猫の世界。
袴姿の猫が玉遊びに興じる姿を描いた浮世絵は、猫の可愛らしさが際立つ仕上がりとなっています。
まるで落書きのようなタッチで描かれた妖怪猫「猫又」は、赤塚不二夫の「ニャロメ」のモデルにもなったとも言われているんですよ。
化け猫からキュートな猫まで作風のジャンルも幅広く、猫好きにぜひおすすめしたい絵師のひとりです。
歌川芳藤の猫
歌川国芳の弟子のひとりである歌川芳藤は、組み絵や玩具絵のような、子ども向けの「おもちゃ絵」を多く手掛けた浮世絵師です。その表現力と人気は実に高く、「おもちゃ芳藤」と称されるほど。
おもちゃ絵は子どもが実際に遊んで楽しむための絵だったため、捨てられることも多く、現存するものは少ないとされています。
芳藤の猫絵で有名な作品が、「尾上梅寿一代噺」をモチーフとした大判錦絵図、『五拾三次之内猫之怪』(ごじゅうさんつぎのうちねこのかい)です。
大小合計9匹の猫が化け猫の顔を形作るその様は、師匠である歌川国芳の人気作『みかけハこハゐがとんだいゝ人だ』(見かけは怖いがとんだ良い人だ)に影響されたとも考えられます。
また、「はめ絵」の手法を用いた猫絵として知られる作品が『子猫をあつめ大猫とする』。
横向きの大きな1匹の三毛猫は、よく見ると19匹の猫の集合体によって描かれています。
空白部には、「猫の子の 小猫を十九あつめつゝ 大猫とする画師のわざくれ」と印されています。 「わざくれ」とは、いたずら心のこと。
国芳から受け継いだ絵師としての遊び心が、弟子の芳藤に受け継がれているのが見て取れる作品です。
小林幾英の猫
明治時代に入り、活躍した浮世絵師が小林幾英です。洋装の人物を題材とした風俗画や鉄道錦絵といった、新時代の到来思わせる作品を数多く手がけました。
小林幾英の猫絵の中でも広く知られているのが『猫のたわむれ』や『猫のおんせん』です。
どちらも赤や青、緑といった鮮やかな色使いで、擬人化された猫たちの姿がいきいきと描き出されています。
『猫のたわむれ』では、江戸の町で大道芸を披露する猫が大活躍。
周囲には見物する猫の親子、鳴り物の音や台詞まで書き込まれ、まるでにぎやかな声がこちらまで聞こえてくるかのようです。
『猫のおんせん』では大衆浴場を舞台に、擬人化されたぶち猫たちが、思い思いに湯舟を楽しむ姿が描かれています。
畳の上で着物を脱ぎ着する猫や、裸になって体を洗う猫の姿は、まるで人間のよう。
よく目を凝らすと、大きな猫の背中を流しているのは、なんと人間!
どこまでも遊び心を忘れない、小林幾英の絵師としての心意気を感じ取ることができますね。
三代歌川広重の猫
三代歌川広重は、江戸から明治にかけて活躍した浮世絵師です。初代歌川広重から、広重を名乗る絵師は五代目まで続きましたが、浮世絵師として数多くの名所絵を描いたのは三代広重まで。
江戸から明治という時代の変革の様を、横浜絵や文明開化絵として、数多く描いてきました。
三代歌川広重の猫絵の代表作となるのが、『百猫画譜』(ひゃくみょうがふ)です。
もともとは、明治時代の作家、仮名垣魯文(かながき ろぶん)による雑誌「魯文珍報」に画文集。
挿絵を担当した三代広重は、ぶち猫や白猫たちを、ぬくもりと柔らかさが伝わるようなタッチで描いています。
あごを撫でられて気持ちよさそうにする猫や、庭の木をよじ登る猫。
また、柱でつめとぎをする猫など、挿絵はどれも「広重も猫が好きなのでは?」と感じさせるようなものばかり。
三代広重の描く可愛らしい猫スケッチは、現在も手ぬぐいやポストカードなどで高い人気を得ています。
まとめ
江戸から明治にかけて、有名絵師たちによって描かれてきた日本画の猫たち。その作品はどれも、当時の絵師たちの豊かな発想と猫愛に溢れています。
可愛いだけでなく、ユーモラスで人間味に溢れた日本画の猫たちを知らないなんて、もったいない!
猫好きの方こそ、ぜひこれを機に日本画の猫の世界をチェックしてみてくださいね。